御嶽は神聖な場所のため立ち入らないでください。
遠方から見学しましょう。
御嶽は神聖な場所のため立ち入らないでください。
遠方から見学しましょう。
御嶽(うたき)とは、沖縄全体に見られる信仰の場(聖域)のことで、竹富島では「オン」と呼ばれています。
御嶽の中には神の依代とされる「ウブ」と呼ばれる空間があり男子禁制です。
竹富島に28か所ある御嶽のうち、特に大切にされている6つの御嶽は「六山(ムーヤマ)」と呼ばれています。
それらには島を拓いた6人の酋長(しゅうちょう)が祀られており、それぞれ粟、麦、豆、山、海、雨の神とされ竹富島の人は全員がこのうち、いずれかの氏子になっています。
屋久島から渡来した根原金殿(ネーレカンドゥ)が祀られています。粟の耕作に努めたので「粟の神」とされています。各村で別々に行われていた種子取祭を一つに統合しました。
沖縄本島から渡来した新志花重成殿(アラシバナカサナリドゥン)が祀られています。「麦の神」とされ、愛犬が仲筋井戸を発見したと言われています。
久米島から渡来した幸本節瓦殿(コウモトフシガーラドゥン)が幸本村の祖として祀られています。大豆や小豆の耕作に努めていたため「豆の神」とされています。
沖縄本島から渡来した久間原発金殿(クマバラハツンガネドゥン)が祀られています。久間原村の祖として祀られ、「山の神」とされています。
沖縄本島から渡来した他金殿(タキンドゥン)が祀られています。花城村の祖として祀られ、力比べや船漕ぎ競争などが得意だったため「海の神」とされています。
徳之島から渡来した塩川殿(スーガドゥン)が祀られています。波利若村の祖として祀られ、「雨の神」となりたちの島の作物の生長を祈ったとされています。
氏子や専属の神司がいる六山に対し、地縁団体法人竹富公民館で管理運営する御嶽を村御嶽(ムラオン)と言います。
いずれも八重山士族にかかわりの深い御嶽であったり、島の偉人を祀った御嶽であり、島の祭事の中心となっています。
西塘が園比屋武御嶽の石門の建造にあたった際、竹富島に帰ることができれば園比屋武御嶽の神様を竹富島に勧請すると誓い、建立された御嶽です。
島造りの2神、オモト神と清明加那志が祀られています。殆どの島の祭祀で参拝する重要な御嶽。雨乞いの儀式や結願祭の奉納芸能も清明御嶽にて行います。
歴史上の偉人で島の英雄でもある西塘の墓所が御嶽となっています。竹富島住民の精神的支柱として現在も敬愛されており、島守りの神として崇拝されています。
村番所跡地に火の神と農耕の神を祀る御嶽です。五穀豊穣と島民の健康繁栄を祈る島最大の祭「種子取祭(国の重要無形民俗文化財)」が行われる場所でもあります。
役人の病を霊感で治癒した神霊高いマートゥとフゾンの兄妹のお墓が御嶽となっています。個人が管理する御嶽ですが、島の祭祀でも参拝する御嶽です。
竹富島の北面を守る御嶽の美崎御嶽は、出征した兵隊さんの多くが美崎御嶽を参拝ののち無事に帰島したことから、海上平安の神として祀られています。
八重山中の海人が崇拝する親泊御嶽は、悪天候の際に光を放って位置を知らせ、多くの漁民の命を救ったことから、海と船の守り神として祀られています。
竹富島の東面を守る御嶽の東美崎御嶽は、海と芋の神として祀られています。民話『星砂の伝説』で星の子供たちが煙となり天に帰る香炉はこの御嶽にあります。
竹富島の西面を守る御嶽の西美崎御嶽は、海の生き物の神として祀れています。豊かな漁場であるコンドイ浜から、多くの島民の暮らしを見つめている御嶽です。
ニライカナイ(ニーラスク・カネーラスク)から穀物の種子を携えて訪れる神々が船の友綱を引く神石。世迎い(ユーンカイ)とトゥヌイプイでは、最初に参拝する拝所です。
築城の神が祀られるシュッカネオンは、仲筋御嶽の氏子が管理する御嶽です。シュッカネオンが据わるンブフル丘は、牛が一晩で積み上げたと伝えられています。
仲筋村の人々が大切にしているハニヤーオンは、神霊高い唐マイツが願い初めと伝わります。唐マイツの無事の帰島を叶えた霊地は、現在では御嶽として祀られています。
八重山地方一円で崇拝されるミルク神が安置されている拝所。奉安殿の扉は年に6回開きますが、お出ましになる祭祀は、七夕願い、節願い、種子取祭の3度です。
天の神から島を造るように命ぜられたオモト神、清明加那志が最初に降り立った岩が願い所となった御嶽。鳥居も拝殿もなく、昔の佇まいをそのまま残す御嶽です。
穀物の種子を授かった竹富島の神が、ゴマの種子を隠した場所と伝わる。竹富島では、現在でもゴマの初上げを行っていない。幸本御嶽の氏子が管理している御嶽です。
遭難したわが子の無事を一心に願い、元気でいると吉報を授かったという伝承から御嶽となった。場儀納屋の当主が管理している御嶽で旅の神として祀られています。
創建が判明している比較的新しい御嶽。牧畜を営む人々によって願い初められている御嶽です。
農具の鉄器は生産性を飛躍的に向上させ、その鉄を生み出す火・風・水を祀る御嶽です。毎年旧暦11月7日に執り行う「鍛冶屋の願い」で参拝します。
シュウラとは、「強化」という意。皆で相談して無理難題を押し付ける役人を退治したことから御嶽となります。現在では子宝に恵まれるという御嶽で個人が管理しています。
由来は定かではないが、古くは根原金殿が与那国島へ遠征に赴く際に願った場所と伝わります。現在では個人が管理する拝所です。
ジージョオンとは屋敷神が祀られている拝所ですが、ここは仲筋御嶽の氏子が管理します。仲筋御嶽と直結する拝所であり、仲筋村のジージョオンとも言われています。
個人が管理する拝所で、島内で最も大きいジージョオン。由来は定かではありませんが、かつては村外れに置かれたスンマシャーと同じような役割だったかと推測されます。
個人が管理する特異な拝所です。由来は定かではありません。神石が3つ据えられていることから、ピーヌカン(火の神)が祀られていたのではないかと推測されます。