学習会「竹富島の伝承の地を歩く(part.2)」開催しました!
昨日は、竹富島ゆがふ館の学習会
「竹富島の伝承の地を歩く」(part.2)を開催しました。
昨年度は2回実施の予定を組みましたが、
いずれも悪天候のため中止となった学習会でしたが、
幸いなことに良い天候に恵まれ、参加者も11名と増えての開催です。
講師は喜宝院蒐集館長の上勢頭芳徳さんにお願いし、
『オーリトーリたきどぅん』を視聴し、
島の概況を説明してもらったのち出発です。
ホーシミチ(さんばし通り)から、講師の解説がはじまります。
司馬遼太郎著『街道をゆく』にてホーシミチは触れられていますが、
昭和49年の頃と今の道を比較しながら、
歴史の変遷と島の移り変わりを分かりやすく伝えてくれました。
デイゴにはたくさんの蕾もつき始めています。今年の開花も楽しみです。
史跡が集中する観光スポットのひとつである赤山丘では、
赤山丘が公園化される経緯、
なごみの塔や星見石についてなどをご紹介しました。
沖縄を代表する歌「安里屋ユンタ」の主人公である
安里クヤマの生家へも訪れました。
労働歌である“ユンタ”が石垣島へわたり節歌へと変遷し、
現在多くの人がご存知の「新安里屋ユンタ」への移り変わりを
ご紹介していただきました。
清明御嶽前でお昼時間となったので、1時間ほど休憩したのち、
清明御嶽~仲筋御嶽~仲筋井戸~ンブフルへと進みます。
ンブフルを越えて仲筋集落へと向かい、
幸本御嶽、埴山御嶽、仲筋ぬヌベマの水甕を紹介します。
幸本御嶽では、御嶽の森林を神聖であるがゆえに人が意図的に残してきたこと、
埴山御嶽では、埴山御嶽創建の由来と明和の大津波についてを。
仲筋ぬヌベマの水甕では、
苧麻の種子とパナリ焼と引き換えに新城島へ渡った
ヌベマの悲劇を紹介していただきました。
ご参加いただいた皆さまからは、
「島の歴史や島人が感じていることが知れてよかった」
「普段の観光では感じることができない竹富島を知れてよかった」
などのご意見をいただきました。
「次回の学習会も参加したいので知らせてほしい」との
ありがたいご意見もいただいた今回の学習会。
次回も、何気に見落としてしまいそうな
「竹富島の素晴らしい世界」をみなさまにご紹介できるよう
アイディアをひねります!
ご参加いただいた皆さま、講師の上勢頭芳徳さま
大変お疲れさまでした。ありがとうございました。
(ta)