島の生き物御嶽(うたき)など井戸遺跡年間の祭事行事種子取祭てーどぅんむに(竹富島言葉)話(昔話、民話)
 
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 ・祭・年間の祭事行事

祭事行事の日程は、「十干十二支」「旧暦」「新暦」が混在しているため、年によって順番が前後します。

五穀豊穣の神を迎え 竹富島の1年は始まります

・世迎い(ユーンカイ)
旧暦8月8日。ニライカナイの神様が穀物の種子を竹富島に運んで来るので、 島の神司・役員は、コンドイの浜辺近くのニーランで祈願し、神迎えの歌を歌い、神様を幸本御嶽のクックバーへと案内する。
・敬老会
新暦9月15日。竹富島の敬老祝賀会は国が定めた「敬老の祝日」よりも歴史が古い。 大正13年に上間廣起村長の提唱で、敬老の祝賀会を行っている。 島をあげての祝賀会では、子や孫達が踊りを披露する。
・十五夜祭(ジュングヤ)
旧暦8月15日。十五夜祭は豊作祈願祭であり、男の祭りである。昼間は学校の校庭に旗頭を立て、棒の演舞を行い、福の神から穀物の種子を拝受し、綱引きをする。 夜は十五夜の餅やススキを供えて月見をする。
・節祭り(シチマツリ)
昔の正月と言われる。土地や井戸水を清めて新年を迎えるが、大歳の夜には、妖怪や怪火が見えると伝えられている。 神司と公民館役員が、ムーヤマ(六御嶽)と国仲・清明・西塘の各御嶽で祈る。
・九月大願い(クガチフーニガイ)
旧暦9月9日の重陽の節句。キクの葉を3枚浮かべた菊酒を神前に供えて長寿を祈る。 また、芋の料理を供えて、芋の祭りも行う。玻座間・仲筋・幸本・久間原・花城・波利若のムーヤマ(六御嶽)で祈る。
・種子取祭(タナドゥイ)
旧暦の9、10月中に廻り来る甲申(キノエサル)の日から癸巳(ミズノトミ)の日までの10日間にわたって行われる島最大の祭
トゥルッキ

キノエサルの日。トゥルッキとは、芸能の配役を決めて無事に奉納できるようにと祈ること。 狂言を奉納する者は、玻座間村は国吉家で、仲筋村は生盛家で、それぞれホンジャーの神に祈願し、稽古を始める。
タニウルシ

ツチノエネの日。タニウルシとは、種子まきのこと。一家の主が、各々の畑で儀礼的な種まきを行う。 また、この日は、種子取祭の供え物及び主食であるイイヤチ(飯初=粟・米・小豆を蒸して練ったもの)を作る。
ンガソージ・シクミ

ツチノトウシの日。ンガソージ(大精進)と称して、身を慎む日。公民館役職の主事宅では、オナリ神であるおばさんや姉妹を招いてイイヤチカミの儀式を行う。 夜は、各集落で奉納芸能のシクミ(リハーサル)を行う。
サチブドゥイ・ユークイ

カノエトラの日。サチブドゥイとは「先踊り」の意。早朝の儀式、公民館主事宅を訪問する「参詣」を終えて、庭の芸能を行う。 続いて、玻座間村の舞台芸能を奉納し、夜は根原家を起点としてユークイ(世乞い)を行う。
アトゥブドゥイ

カノトウの日。アトゥブドィとは「後踊り」の意。早朝の儀式では、「シドゥリャニ」狂言を訪問する「参詣」を終えて、庭の芸能を奉納する。 続いて、仲筋村の舞台芸能を奉納する。
・十月願い(ジュンガチニガイ)
旧暦10月のミズノエの日。ジュンガチタカビ(十月崇べ)とも言う。火災・水難防止の祭り。 マーチオン(真知御嶽)を中心に行う。この祭りでは、火を忌み嫌うので、線香に火をつけない。
・ナーキ祝い(ナーキヨイ)
旧暦11月初旬に行う。まいた種子が根づくよう祈る。ムーヤマでタプナ・海藻・パパイヤ・モヤシなどの味噌和えを高膳で供える。 また、向き合った二人の間に、オミシャコ(お神酒)を置いて、オミシャコの歌を歌う。
・年の夜(スーマ)
新暦12月31日。大晦日には、各家庭でユッツングイ(四つ組)と称するフルマイ(振るまい)御膳のご馳走を食べて年越しをする。 ユッツングイのお膳は、家族全員の分が用意される。
・正月(ションガチ)
新暦1月元旦。花城井戸や仲筋井戸などから汲んだ若水を庭に置いて、顔や手足を洗って若返る。床の間には、花米・お神酒・盛塩などを飾る。 また、正月の最初の訪問者は男の方が縁起がよいとされる。
・生年祝い(ショーニンヨイ)
旧正月前後に行う。ショーニン(生年)とは、年男・年女のこと。かつては各家庭で祝った行事。昭和35年からは公民館主催の合同祝賀会として行っている。 また、97歳は、マンダラーヨイ(風車祝い)と称する。
・ピルズマ祭(ピルズマ)
旧暦12月のキノトウの日。ニンニクの生命力に肖って作物の生長を祈る祭り。神司達が石川家に集まり、刀を磨いてニンニクの初上げの願いをする。 国仲御嶽・清明御嶽で願い、石川家で刀を納めて終了する。
・十六日祭(ジュールクニチ)
旧暦1月16日。先祖の正月と言われ、ご馳走を作ってお墓に参る。 かつてはお墓の前で歌い踊り、親戚のお墓を訪問して賑やかにすごした。 夜は、子供達がご馳走を持って友人宅に集まり、歌い踊った。
・二月祭(ニンガチマツリ)
旧暦2月のミズノエの日。生長した麦に実が入ることを願う祭り。タニイリニガイ(種子入れ願い)とも言う。 島の神司及び役職者が、真知御嶽、国仲御嶽・清明御嶽で願う。
・三月三日(サニチ)
旧暦3月3日。女性の祭り。ヨモギ餅を作り、床の間と仏壇に供える。潮干狩り、浜遊びなどをする。 潮干狩りに出ない女性は、フクロウになるとの言い伝えがある。
「ハブむこ入り」の昔話が由来伝説として語られている。
・四月大願い(シガチフーニガイ)
旧暦4月のキノエまたはツチノエの日。2日間の作物の穂祭り。神司達は、西塘御嶽・清明御嶽・幸本御嶽で祈り、夜ごもりをする。 翌日はムーヤマ(六御嶽)など主な御嶽で願う。
・西塘大祭(ニシトーバンハジリ)
旧暦6月の最初のミズノエの日。諸作物の収穫感謝祭であるプイ(豊年祭)は、この日から始まるとされる。 「西塘ばんはじり」の名称から、竹富島の偉人・西塘にちなんで命名された祭りであることがわかる。
・豊年祭(プイ)
旧暦6月のミズノエの日はオンプイ(御嶽豊年祭)。島の役職者達がムーヤマ(六御嶽)を廻る。 祈願とオミシャコ(お神酒)の歌で豊作の感謝。翌ミズノトの日は、刀禰元家で行うトゥヌイプイ(刀禰元豊年祭)。
・七夕願い(タナバタニガイ)
旧暦7月7日。本土の七夕行事とは異なる。ミルク神を祭る中心である与那国家の当主や公民館役員・古老等が弥勒奉安殿でミルク神への祈願を行うとともに、衣装の虫干しなども行う。
・ナンカショーロ
旧暦7月7日。ナンカショーロは、「七日精霊」の意。各家庭で仏壇に供え物をして祖先を供養する。 七夕盆であり、お盆の一環として理解される。近畿地方の七夕観と相通じているようである。
・お盆(ショーロ)
旧暦7月13日〜15日。初日目は各家庭の門口で迎え火を焚いて、夕方に祖霊を迎える。
夜は、3日間とも各家庭を廻ってアンガマ踊りをする。また、祖霊を送る時は、門外でウチカビ(紙銭)を焼く。
・結願祭(キツガン)
旧暦8月最初のミズノエの日。マイヌオン(清明御嶽)で行う。祈願成就の感謝祭。「始番狂言」「芋掘狂言」などの芸能が奉納される。この祭りは、知念与人(ユンチュ)が明治八年に始めたという。

感謝をささげて一年が終わります

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